父の日を控え
プレゼントを買い求めるお客様で
私の職場はにぎわっている
そんな中ある調査の結果が本日発表された
私の職場を対象としたとある調査の結果が
前回よりも大幅に改善され返ってきたのだ
今の役職について目に見える成果が出せず
悩んでいた矢先の朗報であったため
思わず店頭で無気力になるほど嬉しかった
無気力になるほど・・・
この表現にはご幣があるかもしれない
あえて言い直すなら
「信じられず呆然とした」
と表現する方が適切か
ともあれ
これで何とか面目が立つというものだ
さて、成果を喜ぶのは何故か・・・
と、さして重要ではない疑問を抱いたので
帰りの電車の中で色々思いにふけっていたのだが
結局結論は出なかった。
状況にもよる
「努力が報われた」
「利益をあげた」
「評価される」
・・・
その成果にたどり着くまでの状況や
プロセス、立場、役割
など、様々であるが
私の今回の成果に対する喜びは
きっとどれにも当てはまらないし
どれにも当てはまる
責任という重圧
非難される恐れ
成果を生み出せていなかったことに対する
焦りや、嫌悪
それら一切合切から少しの間逃避できたこと
だからなのかもしれない
ただ、昔感じていたような
「ただ嬉しい」
そんな単純明瞭な喜び方を
できなくなったように思う
今まで「喜ぶ」
この感情に
「喜び」以外のものがあるなんて思わなかった
今の私には
「喜び」
この感情の背景に
「恐れ」や「責任」、「重圧」がある。
それを今日気付いたんだ。
懐古して
ただ単純に「嬉しい」
そう感じるだけでよかったあの頃が
非常に未熟に思えるし
でも同時にもう戻れない寂しさもある
戻りたく思う気持ちもある
でもきっと
それは考えてはいけない
逃げることになるから
投げ出すことになるから
と、今日も生産性のない思いを
巡らせていた